本山秀樹

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コーヒーフロートってなんだ?

今年のGWに一番多く注文を受けたメニューは『コーヒーフロート』驚いた・・・ウチのドリンクメニューで最も高価な商品実はコーヒーフロートは開店当初のメニューには無かったなぜなら僕ら二人共、人生でコーヒーフロートというものをお店で頼んだことが無く、コーヒーフロートの美味しさが理解できなかったから氷とアイスクリームのダブルパンチでコーヒーがどんどん薄まって最後は水みたいになるのがとても嫌でそれならクラッシュしたコーヒーゼリーの上にアイス乗せた方が100倍美味しいと思う(もはやコーヒーフロートではないけど)ところが、オープン後の夏の暑い日にお客様からコーヒーフロートのリクエストがあり急きょマンデリンのアイスコーヒーにアフォガート用のバニラアイスを浮かべることにそれが好評だったのでメニューの仲間入りになったわけだ夏場に時々注文がある程度の商品だったが、今年のGWは違った・・・ウチのコーヒーフロートはとにかく豪快!深煎りのマンデリンを使っていつもの2.5倍の量の豆で濃〜くドリップし、大きなメイソンジャーにLサイズのバニラアイスをその姿の8割は液面から出るくらい大量の氷の上に浮かべる(乗せると言った表現が適切)とにかくコーヒーが薄まるのが嫌なので濃い〜コーヒーを淹れるわけだけど、それでもアイスが溶けるに従ってかなり水っぽくなってしまうし、最後はもはやコーヒーではない問題はお客様がどういうアプローチでコーヒーフロートを召し上がるのかが分からないので、もし最初にコーヒーから飲んだとしてもアイスコーヒーとして成立しないと(濃過ぎて飲めたもんじゃない!なんてことにならない様に)コーヒー屋として納得がいかないしかしその濃さ(アイスコーヒーとして美味しい濃さ)で出すと最後は間違いなく水のような薄さになるのだ・・・そのジレンマと戦いながら、この連休中コーヒーフロートをサーブし続けたわけだけど・・・悩んだ挙句、試行錯誤した挙句、トライアンドエラーで冷たいもの飲み過ぎてお腹壊した挙句、コーヒーフロートのレシピを変えます!・カップは小さく(一番小さなグラスで)・コーヒーはエスプレッソで(ストレートだとアフォガートになるので水で少し薄める)・最初にコーヒーだけ飲んでもパンチの効いたアイスコーヒーとして成立する・アイスが溶けて最終的にはカフェラテのような味わいになるようにそんなコーヒーフロートに変わりましたあの・・・かなり美味いです大人のコーヒーフロートになりました明日からご提供致しますうーむ、しかしコーヒーフロートって一体・・・なんなんだ(笑笑)?

休日には遊びたい人に向いてない職業

『休みの日には絶対遊びたい!』タイプの人は飲食の自営業はやらないほうがいいと思いますサラリーマン時代例えば週末しか営業してない飲食店でしかも繁盛店だったら(あぁ、営業日はガッツリ働いて、休みはガッツリ休めて、メリハリのある幸せな働き方だなぁ)と憧れていましたサラリーマンという生活しか知らない自分の観察力では、自営業の水面から出ている華やかな部分だけしか見えてなかったわけです現実はどうでしょうか?週末しかやらない繁盛店の定休日である平日は食材探しや仕込み、店内外の清掃、取引先への訪問や配達や集金、銀行回り、いろんな告知や新しいメニューの開発etc。。。全ては週末の営業に向けての準備期間なんですね(当たり前ですが)決して休んではいないんです私たちが客として見ている飲食店(個人)の姿は氷山の一角に過ぎないんですねしかし中には、ある期間死に物狂いで働いてしっかり稼いでから、長期間休んで旅に出たりと、自らのライフスタイルを築いている方もいますその店のお客様もそういう営業スタイルを理解し、時には憧れをもって応援しているという素敵な店もあります本来自営業をやるならばそんな店づくり(人から憧れをもって見られる)を目指すべきなんでしょうね!「自営業は辛いんだよ・・・休みも休みじゃないんだよ・・・」なんて周囲に話してたら、な~んか夢も希望も無くなっちゃいますもん(笑)ただやはり家族経営の個人商店は、休みだからって休んでいられることは難しいのも事実そんな毎日の中で、ちょっとだけ空いた時間にスパッと気持ちを切り替えて、集中して遊べるような、それで満足!を感じられるような人は自営業向いてるかもです宮崎の高鍋に「OHANA」というBARがありました楽園珈琲の名付け親である女性のご主人が経営されていたBARです彼はサーファーで、プロになるために昼間はサーフィンをして夜は遅くまで自分の店を営業・・・そんな生活を何年も必死で頑張り、日本各地で開催されるプロの試合に出場して勝ち進み、見事にプロ資格を取得しましたサラリーマン的思考回路で想像したら、昼間は自分の時間だし休みも自由だから日本中の試合にも行ける、酒を出す店は稼げるしいい仕事だよなぁ、となりますそうでしょうか?彼は現在はBARをスパッとやめて立派なサラリーマンです素晴らしいと思います若くて気力体力共に充実した時代に頑張ったから成し遂げられた休みの日には遊びたい!という人は会社を辞める前にもう一度考え直したほうがいいかもですよ(笑)

続・ブレンドの無いコーヒー屋なんて

前回からの続きコーヒーが飲みたくなってコーヒー屋さんに入ってみたら様々な国の様々な農園の名前が書いたラベルが貼ってある瓶がズラリ並んでいる・・・え~どれにしようか・・・お店の看板ブレンドも置いてないそんな時のために自分の好きなコーヒーの国名を一つ持っておくといい僕の場合はエチオピア 大好きで焙煎も一番気を遣う豆だところがエチオピアにもいろんな銘柄があるし、プロセスにもナチュラルやウォッシュドがあるもうそうなると、ただ美味しいホットコーヒーが飲みたいだけでお店に入ったコーヒーラバーは意気消沈・・・(もしくは嬉しくなってテンション上がるかも)そんなお客様にも優しいのがブレンドの存在なのかもしれませんつまりブレンドは、作る側の独創性も楽しめるが、どちらかといえばお客様の要望に寄り添うカタチのコーヒーになるのかなクリスマスやバレンタインなど季節ものは特にそういった指向にあると思うところがだ(いよいよ本題、クライマックス!)ブレンドの無い(ブレンドを作らない)コーヒー屋さんは、そういう惑いがないから全くもってブレないとにかく自分の舌の記憶と嗜好と知識に従って、お客様に飲んでいただきたい美味しいコーヒー豆のラインナップを揃える事につき進めるのだ自分の知る限りのコーヒー屋さんを思い浮かべると、ブレンドを作ってないコーヒー屋さんはどことなく孤高で、お客様に過度に寄り添わず良い距離を保ちながら、自分の好きなやり方を変えずに(全くブレもなく)お店を経営している人が多い気がする・・・僕のコーヒーの師である「珈琲けやき」にもブレンドは無いマスターのそのブレないスタイルはいつまで経ってもカッコいい!んだこれがまたつまりのところどちらがどうとかの正解は無くお客様にとっての選択肢が増えることは良いことでそれぞれがプライドを持ってやってることに誰かが口出しできるわけがないまったく、ブレンドの無いコーヒー屋なんて・・・ブレンド好きな僕にはあり得ないという話(笑)

ブレンドの無いコーヒー屋なんて

自家焙煎珈琲の看板をあげて、ブレンドを作らないという選択肢は僕には有り得ないブレンドを作るには、ブレンドする豆のキャラクター(特徴)が自分の舌(脳)の記憶にインプットされてなければならないブレンドを作る時僕が一番大事にするのは味の階層(3次元の味を目指す)まずはどんな味にしたいかを考える次にその味にするにはどの豆を使えばいいかを考える最後はそれぞれの豆の比率(分量)舌の記憶の引き出しが多いほど豆の選択肢は増えてブレンドも3次元の奥深いものになってくる数多くの豆を使えば深みは増すかと思えば全く違う2〜3種類で決めるのが僕のやり方例えば、知らない店に行くときは、その店の名前がついた冠(看板)ブレンドがあればそれをオーダーするといいその店の味(方向性)というものがわかるそして冠ブレンドは他の豆よりもお得な価格になっているはずだ(自信があるし、まず飲んでもらいたいから)ウチの場合は楽園ブレンドがそれに当たる楽園ブレンドは私達自身と思ってもらっていいくらいこれが好みに合わなかったら私達とも合わないはずだからごめんなさいってそれくらいの想いを込めて楽園ブレンドは作ってます楽園珈琲の入口は楽園ブレンドですねだからブレンドの無いコーヒー屋さんの入口は分かりづらい・・・そんな時どうするか?また次回に!

一杯のコーヒーの値段って

テークアウト(先日地方情報誌の編集の方からテイクアウトではなくテークアウトが正しいと言われました)の価格の話豆売りから始めた私達がカップでコーヒーを売り始めたのはフリーマーケット天草に来てすぐだから8年前当時は一杯200円使用する豆の量もカップの大きさも今と同じ自分でも安いなぁとは思ったけど福岡の自家焙煎珈琲屋さんのテークアウト価格が、やはり200円〜300円の価格帯だったのでしばらくその価格でやっていたそれから福岡護国神社蚤の市に出始めたのが5年前当初出店者のコーヒー価格は300円が主流だったところが今メインストリームは400円になっている(ウチも今年から350円)これがカフェラテでアレンジコーヒーになると500円・・・一般的に仕入値が高くなると当然売値も上がる訳だけどいくらなんでももうこの辺で限界じゃないかなぁこの間4年前の豆の仕入れ値の価格表が出てきた今の3/4くらいの価格でビックリ!そうかこの値段だったなぁって4年で25%の価格上昇今後も豆の価格は下がることはないでしょうただそう考えると一杯400円という値上げも妥当なのか・・・モノの値段が高いか安いかはお客様が感じるコトその一杯に何を求めるのか何を感じるのかこのところのコーヒー価格の上昇に気持ちがなかなかついていかない楽園珈琲です

Y's BARでバーボン

京浜急行の横須賀中央駅を時計台方面へ出てから左へ150m程のところに『Y's』というBARがある今から32年前当時20歳だった私は遅くまで友人とビリヤードをした後、そいつに連れられ初めてその店に入ったカウンターの奥に美しい女性と若いバーテンさんがいるお洒落なBAR美しい女性の名は確か『ユミコ』いや『ユキコ』だったかもしれないその頭文字でY's BARなのだY's で私達が飲むのはバーボンフォアローゼズだったり、ハーパーだったり、時にはターキーだったりつまみはキスチョコ煙草はラッキーストライク昭和から平成への過渡期で時代はバブル全盛期その煌びやかなネオンとは一線を画した場所が私達のお気に入りのBARY's にはヒロキさんという同じ歳くらいのバーテンさんがいた彼も同じように複雑な家庭環境に生まれ、どことなく影があり口数は少ないけれど彼との会話はいつも心地良いものだったある日店が終わった後に彼の車でドライブに行こうということになった『どこに行きたい?』と聞かれて、私は『湘南経由で横浜元町』と即答したと思うあの頃ハイソカーと呼ばれていたTOYOTAの白いクレスタは憧れの車パーキングブレーキが足で踏むタイプで、解除する時にダッシュボードの下のハンドルを左手で手荒く引いて『バンッ』とペダルが戻るギミックがなんともカッコよかったR16から横横(横浜横須賀道路)、逗葉新道で鎌倉へ深夜のR134は昼間の渋滞が嘘のように交通量は少ない光輝く江ノ島でカットバックし、北上して横浜へ向かう目的地である元町のBARで私がバーボンしか頼まないのを呆れて、彼はカンパリグレープフルーツというカクテルを教えてくれたカンパリの甘さとグレープフルーツの程よい酸味が絶妙なバランスの少しピンク色をしたそのカクテルは、それから私の定番カクテルの座に鎮座することになるY's でバーボンは22歳で大学を卒業するまで続いた25歳で大学院に戻った2年間、何故かあれほど大好きだったY's のドアを開けることは一度も無かった何故だろう?ママが覚えていてくれなかったらヒロキさんがもう居なかったらいろんな不安があったのかもしれない大好きな場所から遠ざかる理由は自分でも理解不能だけどあの頃のままじゃなかったら嫌だという自分勝手な不安感なのだろうY's でバーボン大人の階段を駆け上がっていた頃嗜みというものを教えてもらったBAR買ったばかりのラッキーストライクが半分くらいになったら店を出るそんな感じ